前回は、地域おこし協力隊という制度そのものが「なぜ構造的にすれ違いを生みやすいのか」を整理しました。
今回は、そこから一歩進めて、現場で実際によく起きている具体的なトラブル事例を取り上げます。
ここで紹介するのは、特定の自治体や隊員を批判するためのものではありません。
全国の現場を俯瞰したときに、「あぁ、こういうこと本当に多いよね」と感じられる共通パターンです。
応募前にこうした「現実に起こりがちなこと」を知っておくことで、心の準備ができたり、事前に確認すべきポイントが見えてきたりします。
1. SNS運用担当のはずが、方針・権限・機材が揃っていない
「地域の情報発信をするSNS担当として来てほしい」という募集は増えてきました。
ところが、いざ着任してみると、次のような基本的な方針が何も決まっていないことがあります。
- どのSNSを使うのか
- 誰に向けて発信するのか
- どんな口調・温度感で発信するのか
- 何をゴールにするのか(フォロワー数/認知度/観光客数など)
さらに、
- 撮影用のスマホ・カメラ・三脚などが用意されていない
- 活動費で買うにしても稟議や決裁に時間がかかる
- アカウントのログイン情報がすぐにもらえない
- セキュリティポリシーが不明で、どこまでできるのかわからない
といった理由から、
「SNSを担当しているはずなのに、なかなか本格的に動き出せない」という状況に陥りがちです。
隊員側からすると、
「任期は3年しかないのに、最初の数ヶ月はほぼ準備だけで終わってしまう……」
という焦りにもつながります。
2. 観光の仕事だと思っていたのに、雑務が中心になってしまう
「観光関連の仕事」という募集もよくあります。
たとえば、
- 観光コンテンツの企画
- ツアー造成
- プロモーション動画の制作
- インバウンド向けの情報発信
といった、わくわくする業務をイメージして応募する人も多いでしょう。
ところがふたを開けてみると、
- 既存イベントの受付
- 会場設営・片付け
- 駐車場整理
- チラシ配り
など、イベント運営の人手として動く時間が大半を占めるケースがあります。
もちろん、こうした裏方業務は地域の現場にとってはなくてはならない大切な仕事です。
ただ、隊員本人が、
「企画やプロモーションをやるつもりで来たのに、ほとんど『人手不足の穴埋め』になっているのでは……」
と感じてしまうと、やりがいとのギャップにモヤモヤがたまりやすくなります。
3. 関係団体に説明されておらず、“便利な若手”として扱われる
自治体の中では「協力隊を受け入れる」という意思決定がされていても、
必ずしも地域の関係団体まで情報がきちんと届いているとは限りません。
その結果、現場では、
- 「役場から来た若い人」という認識だけで接される
- 「とりあえず手が足りないからあの人に頼もう」と仕事が集まる
- 「何でもやってくれる便利な人」と扱われる
といったことが起こりがちです。
協力隊としては、
- 本来のミッションに時間を使いたい
- 地域の課題解決につながる動きをしたい
と思っていても、周囲からは
「若くて体力もあるし、あの人に頼めば何でもやってくれる」
という見られ方をしてしまうと、
徐々に雑務が積み重なっていき、本来やりたい活動に手が回らなくなるということが起きます。
4. 自治体内部で部署ごとに言うことが違い、振り回される
自治体は複数の課や係で業務が分かれているため、協力隊の活動に関しても、
「どの部署が最終的な判断を持っているのか」が分かりにくいことがあります。
よくあるのは、
- 商工・観光系の部署では「それで大丈夫」と言われた
- 後から総務系の部署に確認したら「それはできない」と言われる
といったパターンです。
具体的には、
- 副業の可否
- SNS発信の内容・ルール
- 予算・支出の仕方
- 勤務時間や出張の扱い
などで、部署ごとに解釈や運用が違うことがあります。
隊員からすると、
「誰の言うことを信じればいいのか分からない」
「OKだと聞いて動いたのに、後からNGが出て落ち込んだ」
という気持ちになり、企画や行動のスピードが落ちてしまいます。
5. 「自由に動いていい」と言われたのに、実質的に放置される
着任時に、
- 「自由にやっていいよ」
- 「あなたのアイデアでどんどん動いてほしい」
と言われることがあります。
一見すると裁量が大きくて魅力的に見えるのですが、いざ困ったときに相談すると、
- 「任せるよ」
- 「好きにやって大丈夫」
という返事だけで終わってしまう場合があります。
方向性の確認もなく、フィードバックもなく、地域のキーパーソンとの橋渡しもない状態が続くと、次第に、
「これは自由ではなく、ただの放置なのでは……?」
という感覚に変わっていきます。
協力隊は、地域の課題を一人で解決できる“スーパーマン”ではありません。
周囲との対話やサポートがあってこそ、力を発揮しやすくなります。
6. 地域の歴史を知らずに提案し、誤解や反発を招いてしまう
外から来た人だからこそ、見えること・思いつくことがあります。
- 新しいイベント
- 新しいサービス
- 新しい観光コンテンツ
- 新しい連携アイデア
など、前向きな提案をすることは、とても価値のあることです。
ただ、地域側の反応が、
- 「それはちょっと……」
- 「うちでは難しい」
- 「前も似たことをやって、いろいろあったんだよね」
と否定的に見えることも少なくありません。
その裏側には、
- 過去に同じような施策をやって大きなトラブルになった
- 特定の団体同士の関係が悪くなった
- 地域が疲弊する結果になった
といった“歴史的な事情”が隠れている場合があります。
しかし、その理由がきちんと言語化されず、「やめておいたほうがいい」の一言で終わってしまうと、隊員側は、
「せっかく考えたのに、何でも否定される」
「新しいことに挑戦させてもらえない」
と感じてしまいます。
一方で、地域側は地域側で、
「また同じ失敗を繰り返してほしくない」
という思いから慎重になっていることも多く、
お互いの意図がかみ合わないまま距離が生まれてしまうことがあります。
7. 副業まわりの認識違いでギクシャクする
最近は、「副業OK」と書かれた協力隊募集も増えてきました。
しかし、実際に着任してみると、
- 副業をするたびに毎回細かい申請や確認が必要
- 時間帯や内容によっては認められない
- 「副業が本業に影響しているのでは?」と指摘される
といった形で、募集のイメージと現場運用のギャップが見えてくることがあります。
隊員からすると、
「副業OKと聞いたから応募したのに、実際にはかなり制約がある」
と感じる一方で、自治体側から見ると、
「あくまで協力隊の活動が優先で、副業はその範囲内でやってほしい」
という前提を持っていることが多いのです。
この「どこまでがOKなのか」の線引きが曖昧なままだと、お互いに疑心暗鬼になりやすくなります。
8. SNS発信がきっかけで地域と摩擦が起きる
SNS発信は、協力隊の活動とも相性がよく、うまく使えば地域の魅力発信に大きく貢献してくれます。
しかし一方で、
- しんどさや不満を正直に書きすぎてしまう
- 特定の人や組織が分かるような形で愚痴を書いてしまう
- 行政内部の事情が推測できるような投稿をしてしまう
- 良かれと思って紹介した内容が、地域の誰かを傷つけてしまう
といった形で、SNSがトラブルの火種になることもあります。
特に人口の少ない地域ほど、「誰のことを指しているのか」がすぐに伝わってしまうため、本人の想像以上の影響が出ることがあります。
隊員としては、
- 「がんばっているリアルを発信したい」
- 「しんどさを吐き出して共感してもらいたい」
という気持ちがある一方で、地域との信頼関係を損ねてしまうリスクとも隣り合わせです。
9. 受け皿が整っておらず、“誰にも相談できない”状態になる
最後に、非常に多いのが、「相談相手がいない」という孤立感です。
例えば、
- 担当者が他業務との兼務で多忙
- 人事異動で担当者が変わり続ける
- 相談窓口がはっきり決まっていない
- コーディネーターや中間支援組織がいない
といった状況では、
- アイデアを相談する相手がいない
- 地域との関係がこじれても、どこに話せばいいか分からない
- 精神的にしんどくなっても、声を上げにくい
という状態になりやすくなります。
この「孤立」が長く続くと、本来なら小さなすれ違いで済んだはずのことが、大きなトラブルに発展してしまうこともあります。
なお、総務省の資料によると、自治体の地方財政措置の中に、
地域おこし協力隊員の日々のサポートに要する経費:200万円/団体を上限 に計上されています。
中間支援の専門組織に委託し、隊員と自治体の間に立って日々の相談に乗るなどの業務を委託している自治体もありますので、そういった支援体制をチェックしてみることも重要です。
10. バラバラに見える9つの事例に共通するもの
ここまで挙げてきた事例は、一見バラバラに見えます。
- SNS担当なのに動けない
- 観光企画のつもりが雑務中心
- 説明不足で“便利な若手”扱い
- 部署ごとに言うことが違う
- 自由と言われたのに、実質放置
- 歴史を知らずに提案して反発を招く
- 副業OKと聞いていたのに認識が違う
- SNSがきっかけで摩擦が生じる
- 相談相手がいないまま孤立する
しかし、根っこには共通点があります。
それは、
「期待していたこと」と「現実との間にあるギャップ」です。
- 自治体が協力隊に対して期待していたこと
- 隊員が自治体や地域に対して期待していたこと
- 地域の人たちが協力隊に対して期待していたこと
これらが事前に十分に言葉で共有されておらず、
“なんとなく”のままスタートしてしまうことが、多くのトラブルの根っこにあります。
11. おわりに:事例を知ることは「悲観するため」ではなく「備えるため」
ここまで読むと、
「こんなに大変なら、協力隊なんてやめておいたほうがいいのでは?」
と感じる人もいるかもしれません。
ただ、ここで紹介した事例は、
「知っていれば備えられること」でもあります。
- 募集要項を読むときに、どこを確認すればいいか
- 面談でどんな質問をしておくべきか
- 着任してから、誰とどのように関係をつくっていくか
そうした行動のヒントを、この事例集から拾い上げることができます。
次の記事では、トラブルが生まれやすい制度でありながら、それでもなお多くの人が協力隊に挑戦している理由――
「公共の課題に向き合いながら、自分の生業もつくる」という、協力隊ならではのやりがいと難しさ
について、じっくり整理していきます。


